20040420句(前日までの二句を含む)

April 2042004

 亡き人の表札いまも花大根

                           森 みさ

語は「花大根(大根の花)」で春。こういう光景を、かつて見たことがあるような……。実際に見たことはないのかもしれないが、そんな郷愁を感じさせてくれる句だ。晩春、大根は菜の花に似た形の花をつける。種を採るために畑に残しておく大根だから、数はそんなに多くはない。多くないうえに白い地味な花なので、ひっそりとした寂しいような味わいがある。ひそやかに白い花を咲かせた畑を前に建つ家も、こじんまりとした目立たないたたずまいなのだろう。「表札いまも」というのだから、この家の主人が亡くなってからかなりの月日の経っていることがわかる。亡くなってからも表札を掛け替えがたく、一日伸ばしにしている遺族の心情が思われて、いよいよ花大根が目に沁みるのである。同時に、表札の主が存命であったころの様子もしのばれ、ご当人が今そこにひょいと現れそうな感じもしている。毎春相似た場所に相似た花をつける大根が時間の経過を忘れさせてしまい、その間に人が亡くなったことなどが嘘のようにも思われるのだ。周囲に人気のない静かな田舎の春の午後のスケッチとして、表札という思いがけない小道具を使いながらも、確かなデッサン力を示している。良い句です。表札でふと思い出したが、戦争中には表札の隣りに並べてかける「出征軍人表札」なるものがあった(これも実際に見たのか、後の学習で覚えたのかは定かではないけれど)。日の丸の下に「出征軍人」と大書してあり、出生兵士を送り出している家がすぐにわかるようになっていた。むろん国家は名誉のしるしとして配ったのだろうが、日々哀しく見つめていた人もたくさんいたことだろう。表札もまた、いろいろなことを物語る。『今はじめる人のための俳句歳時記・春』(1997・角川mini文庫)所載。(清水哲男)




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